2021年3月20日 | 園芸・ガーデニング
バイオスティミュラントとは?肥料や農薬との違い・今後の課題を解説
農業における新しい概念、「バイオスティミュラント」という言葉をご存じでしょうか。植物とその周辺の環境が有する力を引き出しながら、安定した生育と収穫を目指す農業用の資材と技術を指す言葉です。
今回は、近年注目が集まるバイオスティミュラントを取り上げ、概要と分類および作用、今後の課題などについてわかりやすく解説いたします。
注目されるバイオスティミュラント
はじめに、バイオスティミュラントの概要をご覧ください。
バイオスティミュラントの概要
作物は本来、収穫できる量が遺伝的に決まっています。しかし生育中に、病気や害虫による「生物的ストレス」、天候や薬害などによる「非生物的ストレス」が影響することで、最終的には収穫量が減少するケースがほとんどです。
「バイオスティミュラント(Bio stimulants)」とは、植物とその周辺の環境がもつ本来の力を用いて非生物的ストレスを軽減し、安定した生育と収穫を導く農業用の資材と技術のことです。Bioは生命や生物、Stimulantは刺激という意味をもつため、直訳すると「生体刺激資材」となります。
この概念は、「植物の遺伝子に関する研究」や「生物的ストレスに対する技術の開発」といった従前のものとは異なります。栽培に特定の資材を使用して非生物的ストレスを和らげるという点では、古来日本で使われている「ぼかし肥料」や「酢」なども、バイオスティミュラントの一種といえるでしょう。
バイオスティミュラントの導入によって、農業の効率化を図る新しい技術と概念が日本に広まる日も、そう遠くはないと考えられています。
国内のバイオスティミュラントの活動
国内では、2018年に肥料や農薬などを扱う8社による「日本バイオスティミュラント協議会」が発足し、現在も続々と会員数が増えている状況です。同協議会は国内農業への貢献を目標に掲げ、バイオスティミュラントを広く普及させるために各種研究やセミナー開催などのほか、製品の規格化や標準化に向けた実質的な準備に取り組んでいます。
同協議会には、別な産業として成り立つ企業同士が情報を交換し、互いの技術を向上させる場としての役割も期待されています。
世界におけるバイオスティミュラント
国内ではまだそれほどなじみがないとはいえ、世界におけるバイオスティミュラントの活用は年々増加しており、2021年にはおよそ2,900億円の規模に達するという試算も出ています。
【参考】frontiers in Plant Science「Biostimulants in Plant Science: A Global Perspective」
特にヨーロッパ(EU)ではバイオスティミュラントの産業が盛んで、ヨーロッパバイオスティミュラント協議会(EBIC)が拠点となり、専門企業の設立や新製品の開発などが精力的に進められています。
また、2022年に施行される新肥料法(欧州肥料法)で、適正な評価を得たバイオスティミュラントの商品には、EU加盟国の基準を満たす「CEマーク」をつけて販売・輸出ができるようになります。
【参考】
ヨーロッパバイオスティミュラント協議会(EBIC)公式サイト
農林水産省「欧州肥料法改正の動き」
農薬・肥料・土壌改良材との違い
そもそも、農薬や肥料、土壌改良材とバイオスティミュラントはどこが違うのでしょうか。
まず、従来の農薬が病気や害虫などの生物的ストレスを緩和するのに対し、バイオスティミュラントは天候や薬害など非生物的ストレスを緩和するものとして用いられます。また、肥料が植物に栄養を与えるのとは異なり、バイオスティミュラントには植物が栄養を取り込む力を高める作用があります。
さらに、土壌改良材が土を化学的・生物的・物理的に変化させるのに対し、バイオスティミュラントには植物を元気に生長させる効果が期待されています。
バイオスティミュラントが必要な理由
国内における農業は、生産者の高齢化や後継者不足、有効活用されない農地といった多くの問題を抱えています。日本バイオスティミュラント協議会の活動を通して、有益な技術や資材を国内に広く普及させ、農業の効率化につなげていくことが解決への第一歩といえるでしょう。
また海外では、気候変動や開発によって農地が減少し、作物の生産量にも影響が出て食糧不足が懸念される国もあります。バイオスティミュラントの導入によって作物の安定供給が見込まれれば、食糧不足の問題に歯止めがかかるかもしれません。
バイオスティミュラントに使用する資材と作用
続いて、バイオスティミュラントに用いられる資材と作用について解説いたします。
バイオスティミュラントに使用する6つの資材
用いる資材の分類はさまざまに行われていますが、ここでは日本バイオスティミュラント協議会による6つの分類をご紹介いたします。
① 腐植質(ふしょくしつ)や有機酸
腐植質は、土中の微生物が枯れた植物などを分解して作った物質です。有機酸は腐植質の1つで、バイオスティミュラントにはフミン酸(腐植酸)やフルボ酸が使われます。
② 海藻(かいそう)や多糖類
海藻は海に生息する糸状や樹状などの藻類(そうるい)の総称で、海藻からエキスを抽出した海藻抽出物なども用いられます。多糖類とは、ぶどう糖などの単糖類が結合したものです。
③ アミノ酸やペプチド
アミノ酸とはタンパク質を構成する化合物で、植物の生育には欠かせない物質です。ペプチドとは、アミノ酸の分子が2個以上結合したものです。
④ 微量ミネラルやビタミン
微量ミネラルとは、植物の体内にごくわずかに存在する鉄や亜鉛、マンガン、モリブデンなどを指します。また、植物の生育にはビタミンB1やC、Eなどの栄養も欠かせません。
⑤ 微生物類
生体内の化学反応を助ける酵母や、マメ科の根に共生する根粒菌(こんりゅうきん)、納豆を作るときに必要な枯草菌(こそうきん)などの微生物も使用します。
⑥ そのほか
そのほか、バイオスティミュラントには微生物が代謝によって産出したものや、動物や植物に由来する機能性成分なども使われます。
【参考】日本バイオスティミュラント協議会「バイオスティミュラントの定義と意義」
バイオスティミュラントの目的
l 肥培効果(Nutrient efficacy)
l 土壌中の有機物質の分解(Degradation)
l 非生物的ストレスへの耐性(Abiotic)
l 作物の品質・形質(Traits)
l 土壌中、根圏、葉面圏(Rhizosphere と Phyllosphere)
l 腐植化(Humification)
引用元:日本バイオスティミュラント協議会「欧米のバイオスティミュラントの状況について(標準化など)」
日本バイオスティミュラント協議会は、EUが考えるバイオスティミュラントの目的は上記の6点であると述べています。
バイオスティミュラントの主な9つの作用
農業技術に関する研究(一般社団法人農山漁村文化協会「農業技術体系土肥編」2020年版より)によると、上記の目的をもとにしたバイオスティミュラントの具体的な作用と必要な資材は次の通りです。
① ストレスの耐性
気候や薬害など、非生物的ストレスに対する耐性を強くする作用には、上記の腐植質や有機酸、海藻や多糖類、アミノ酸やペプチドなどが使われます。
② 代謝の向上
品質の向上や増収に向けて植物の代謝効率を改善する作用には、海藻や多糖類、アミノ酸やペプチド、微量ミネラルやビタミンなどが用いられます。
③ 光合成の促進
植物の生育に欠かせない光合成を促進する作用には、アミノ酸やペプチド、微量ミネラルやビタミンが使われます。
④ 開花・着果(ちゃっか)の促進
開花して実をつけるプロセスを促進する作用には、アミノ酸やペプチド、植物や微生物の抽出物が用いられます。
⑤ 蒸散(じょうさん)の調整
植物は、主に葉から水分が蒸発する蒸散によって体内の水分量を調節しています。蒸散を調整する作用には、海藻や多糖類、微量ミネラルやビタミンが使われます。
⑥ 浸透圧(しんとうあつ)の調整
植物の根は、浸透圧と呼ばれる現象を利用して根から水分や栄養分を吸収しています。浸透圧を調整する作用には、海藻や多糖類、アミノ酸やペプチドが用いられます。
⑦ 根圏(こんけん)の環境の改善
土の中で、植物の根から作用を受ける部分を根圏と呼びます。根に水分や栄養分が吸収される根圏の環境を整える作用には、腐植質や有機酸、微生物類が使われます。
⑧ 根の量の増加・活性化
根の量を増やしたり活性化させたりする作用には、腐植質や有機酸、海藻や多糖類、微量ミネラルやビタミンなどが用いられます。
⑨ ミネラルの可溶化(かようか)
可溶化とは、水に溶けにくい物質にほかの成分をプラスして溶けやすくすることです。ミネラルを可溶化させる作用には、腐植質や有機酸、微生物類などが使われます。
【参考】ルーラル電子図書館「バイオスティミュラントをめぐる研究」
バイオスティミュラントが抱える課題
最後に、バイオスティミュラントの導入にともなう課題をまとめます。
法的な位置づけ
国内で使用可能な農業資材は、農薬に関する農薬取締法、肥料に関する肥料取締法、土壌改良材に関する地力増進法によって定められています。しかし、現時点でバイオスティミュラントに適用される法律はありません。したがって、すでに流通している当該成分配合済の肥料は、肥料取締法に基づいて適正に販売されていることになります。
現時点でバイオスティミュラントの取り扱いは、農薬取締法・肥料取締法・地力増進法の3法の中間に位置すると考えられます。
今後、農薬との混同を避けるためにも、消費者が理解しやすい表記で販売する必要が生じることでしょう。できるだけ早い段階で、バイオスティミュラントに関わる法整備が待たれるところです。
農薬や除草剤については、「除草剤の種類と使い方。農薬登録のありなしでどう使い分ける?」の記事で詳しくご紹介しています。
製品の安全性と規格化
バイオスティミュラントの安全性を証明するには、さまざまな品質テストによる解析やデータの開示が必要です。消費者に対しては、先述した成分や作用、効果が現れる仕組みについて説明する機会を設け、インターネットなどのメディアも有効活用しながら、安心につながる働きかけをする必要があるといえるでしょう。
また、高品質のバイオスティミュラントを均一に生産するには、国内の規格化をはじめ、評価システムや保証、安定した技術や製造工程などの標準化が急がれます。日本バイオスティミュラント協議会に属する企業だけでなく、国や自治体、生産者などとの協力や連携も欠かすことができないでしょう。
商品の開発と効果の実感
海外ではすでに、果物・野菜・観賞用の植物などでバイオスティミュラントを用いた栽培がはじまっています。しかし、資材との組み合わせを試して生育を確認するバイオスティミュラントの開発には、非常に時間がかかります。
なお、バイオスティミュラントは、それぞれの植物に合った製品を適切に使用しなければ効果が望めません。加えて、ただ使用すれば増収が見込めるのではなく、土作りや施肥、水分量といった周辺環境の相互作用もあってこそ効果が現れる点についても、消費者の理解を促す必要があるでしょう。
バイオスティミュラントを導入した生産に期待
今回は、世界中が注目するバイオスティミュラントについて、肥料・農薬などとの違いや分類と作用、今後の課題などを解説いたしました。バイオスティミュラントは、植物本来の力を利用して非生物的ストレスを緩和し、増収につなげる農業の新しい概念です。
すでに導入済の生産者もいる一方で、全体的にみると知名度の低さは否めません。しかしバイオスティミュラントには、日本のみならず世界の農業経営や食糧事情によい変化をもたらす可能性が秘められているともいえるでしょう。
今後の日本バイオスティミュラント協議会と、農産業をとりまく社会の動きに注目してみませんか。次世代循環型社会の姿が、そこに見えてくるかもしれません。