変わる生息環境と、絶滅の危機にある日本の昆虫種

変わる生息環境と、絶滅の危機にある日本の昆虫種

昨今、絶滅の危機にさらされている多数の動植物。自然環境保護にかかわるニュースなどでそのような動植物を取り上げる際、しばしば「レッドデータブック」「レッドリスト」ということばが使われます。

今回は、「絶滅危惧種」が意味することや、レッドデータブックやレッドリストとは何なのか、詳しくご説明いたします。また、日本に生息する絶滅危惧種の昆虫もいくつかご紹介いたします。

絶滅危惧種とは何か

気候の変動や生態系の変化、環境汚染、生息地の減少などにより、野生生物は減り続けています。

個体数の減少が深刻な野生生物

自然資源と環境保全を図る「国際自然保護連合」(IUCN)によると、現在世界で約3万8500種の動植物が絶滅の危機に瀕しています

  • 「絶滅」とは

ある生物が「絶滅した」という場合、その種が滅びて絶えてしまったことを意味します。つまり、「1個体も生存しなくなった状態」(日本大百科全書《ニッポニカ》)を絶滅といいます。

絶滅危惧種とは

そうした「絶滅」のおそれがある動植物の種を「絶滅危惧種」といいます。個体数の少なくなった種が絶滅しないようにするためには、生息状態の調査や、保護のための方策が必要です。

動植物を絶滅から守るために

個体数が減った種を絶滅させないための代表的な取り組みとして、「レッドデータブック」「レッドリスト」があります。

レッドデータブックとは

先述の国際自然保護連合(IUCN)は1966年、絶滅が心配される野生生物を一覧にした資料集を世界ではじめて発表しました。動物の生息地や分布などを詳しく紹介したもので、危機にある状況を訴えるために、赤い色の表紙が用いられています。2006年以降、毎年内容が更新されているこの資料集を指して「レッドデータブック」(赤い表紙の資料集: RDB)というようになりました。

その後、国や自然保護団体などが独自の基準でリストを作るようになりましたが、IUCN編の資料集にならってレッドデータブックと呼ばれています。

【参考】「レッドデータブック」ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

レッドリストとは

それでは、よく似たことばのレッドリスト(RL)とは何でしょうか。前項で、国際自然保護連合(IUCN)が刊行している「レッドデータブック」を説明しました。この資料集に掲載されている、絶滅の危機にある野生生物のリストを「レッドリスト」と呼んでいます。正式名称は「IUCN絶滅のおそれのある生物種のレッドリスト」で、国や地域、団体などが作成するリストもこれに基づいています。

IUCNのレッドリストには13万8300種以上が掲載されており、そのうち3万8500種(28%)以上が絶滅危惧種に相当します。これを生物の分類ごとにみた場合、絶滅危惧種は以下の割合を占めます。

  • 両生類:41%
  • サメ・エイ:37%
  • 針葉樹:34%
  • 造礁サンゴ:33%、
  • 哺乳類:26%、
  • 鳥類:14%

【参考】The IUCN Red List of threatened species

環境省版レッドリスト

環境省版レッドリスト

日本では、環境省が1991年からレッドリストを作成して公表しています(発表当時は環境庁)。

レッドリストにおける動植物の分類

環境省版レッドリストは、下記の13分類群ごとに検討会を設け、「生物学的観点から個々の種の絶滅の危険度」を専門家が評価しています。

<動物>

  • 哺乳類
  • 鳥類
  • 爬虫類
  • 両生類
  • 汽水・淡水魚類
  • 昆虫類
  • 貝類
  • その他無脊椎動物(クモ形類、甲殻類等)

<植物>

  • 維管束植物
  • 蘚苔類
  • 藻類
  • 地衣類
  • 菌類

「絶滅の危険度」のランク

環境省レッドリストでは、生物が直面している「絶滅の危険度」を下記のランクで評価しています。最新のレッドリストでは、合計3,716種が絶滅危惧種となりました。

  • 絶滅 (EX):我が国ではすでに絶滅したと考えられる種
  • 野生絶滅 (EW):飼育・栽培下、あるいは自然分布域の明らかに外側で野生化した状態でのみ存続している種
  • 絶滅危惧I類 (CR+EN):絶滅の危機に瀕している種
  • 絶滅危惧IA類(CR):ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの
  • 絶滅危惧IB類(EN):IA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの
  • 絶滅危惧Ⅱ類 (VU):絶滅の危険が増大している種
  • 準絶滅危惧 (NT):現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては「絶滅危惧」に移行する可能性のある種
  • 情報不足(DD):評価するだけの情報が不足している種
  • 絶滅のおそれのある地域個体群 (LP):地域的に孤立している個体群で、絶滅のおそれが高いもの

【出典】環境省レッドリスト2020の公表について(環境省)2020年3月27日

環境省レッドリストを踏まえて、地域特有の生態系の調査を行い、独自のレッドリストを作成している自治体もあります。

日本の絶滅危惧種の昆虫

環境省レッドリストの「絶滅危惧種」3,716種のうち、昆虫が367含まれています。どのような虫が絶滅を心配されているのか、いくつかご紹介いたします。

日本の絶滅危惧種の昆虫

「絶滅」したと考えられていた昆虫の再発見

2021年、日本国内では絶滅したと思われていたタイワンコオイムシが沖縄で見つかった、と報道されました。コオイムシはカメムシの仲間で、湿地や田んぼなどに生息する水生昆虫です。

タイワンコオイムシは台湾や東南アジア・南アジアに分布し、日本では鹿児島県の与論島と沖縄本島に生息していましたが、1958年を最後に見られなくなり、環境省のレッドリストでは絶滅危惧IA類に分類されています。今回は沖縄県の石垣島で、実に56年ぶりに再発見されました。

【参考】絶滅したと思われていた水生昆虫、石垣島で再発見 国内56年ぶり(沖縄タイムス)

人気が乱獲に拍車をかけたオオクワガタ

オオクワガタは、オスが体長32~72㎜、メスが36~41㎜と、日本産のクワガタとしては最大級の大きさです。ブームになった1990年代には、昆虫ファンばかりか、売買を目的にした業者による採集が相次ぎ、生息地が荒らされることもありました。そして2007年、それまで準絶滅危惧種だったオオクワガタは、「絶滅の危険が増大している種」である絶滅危惧II類になりました。その一方で、飼養されたオオクワガタが野外に捨てられ、繁殖して問題になっています。

【参考】「菌糸びん飼育 手軽さ破格」『読売新聞』2021年8月8日

環境省はまた、外国産マルバネクワガタ10種を「特定外来生物」に指定して、輸入・販売、飼養(飼育)、保管、運搬、譲渡、野外に放すことを禁じています。下記の点で、日本固有種のマルバネクワガタの脅威になり得るからです。

  • 日本産クワガタのエサやすみかを奪うおそれがあること
  • 雑種ができることで、在来種の正常な繁殖が阻害されること
  • 日本産クワガタが抵抗力をもたない、外国産のダニや寄生虫をもち込む危険性があること

【参考】外国産クワガタが特定外来生物に指定されました(環境省)

ペットとしてのクワガタ人気が在来種の生息環境を変え、存続を危うくしてしまったのは皮肉なことです。

昆虫が減る原因とは

絶滅が心配されるほど昆虫が減少している理由には、どのようなことがあるのでしょうか。

生息地の減少

生息地の減少

もっとも大きいのは開発による環境の変化でしょう。伐採や植林によって森林が減少したり、宅地開発で草原が少なくなったり、埋め立てによって湿地や海岸が減少したりすることは、そこに住む生物にとって、今まで通りの生活が営めないことを意味します。エサが採れない、巣を作れないなどの障害があれば、昆虫が生きていくための条件が変わってしまうからです。

生息環境の変化

大規模な宅地開発や道路建設によってしばしば問題になるのは、付近にいる生き物の生息地を分断してしまうことです。自動車による事故に遭ったり、エサや水場に行けなくなったりなど、生物が繁殖する環境ではなくなってしまうこともあります。

また、島や洞窟など、限られた空間で繁殖してきた生物にとって、人や他の生物が入り込むことは、これまでの環境を大きく変える原因になります。

環境の悪化

環境の悪化

前項「生息環境の変化」と重なる部分もありますが、自動車の排気ガスや工場から排出される化学物質、農薬や除草剤による水質汚染も、動植物の生活を脅かす変化です。自然環境の変化とは違う要因ですが、オオクワガタの例でみたように売買目的での乱獲や、適正とはいえない殺虫剤の使用も、昆虫の自然な繁殖サイクルを乱す要因といえます。

外来種の移入や定着

外国産に限らず、本来その地域にいなかった生物が入り込むと、生態系は大きな影響を受けます。エサとして食べる/食べられる関係が変わったり、それまでなかった病気がもち込まれたりするからです。生物が自然に移動することももちろんありますが、人間が飼育していた生物が逃げ出したり、何らかの事情で自然に放したりすることによって、生物を取り巻く環境は大きく変わってしまいます。

【参考】「特集 絶滅しそうな昆虫たち」『いたこんニュース』第36号 Vol. 18 No. 2(伊丹市昆虫館)

昆虫が「絶滅」することの意味

生態系は、さまざまな動植物がかかわり合うことでできています。ある生物(A)が「絶滅」、つまり存在しなくなることは、その生物Aを捕食してきたものたちにとっては存続を揺るがす変化です。逆に、Aのエサとなってきた動植物にもまた少なからず影響するといえます。

2020年には、世界中で現在絶滅の危機に直面している動植物100万種のうち、約半数が昆虫であることをまとめた研究結果が発表されました。

【参考】「昆虫50万種が絶滅の危機に」 科学者ら警告

筆頭執筆者である研究者は、「かけがえのない貢献の提供者」である多くの昆虫は必要不可欠な存在であると述べ、「ほぼすべての昆虫の個体数減少と絶滅に人の活動が関係している」と指摘しています。昆虫の減少は、虫を食べてきた鳥類が減ることにつながり、また多くの農作物が虫媒(昆虫による受粉媒介)の恩恵を受けている以上、わたしたち人間の暮らしにも影響を与えることになると警告しています。

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