2024年9月1日 | 園芸・ガーデニング
土壌フローラとは?役割や土壌診断を行うメリットを解説
「土壌(どじょう)フローラ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。土壌フローラとは、土壌に存在するさまざまな微生物とそれらの様子を指し、近年では農業の分野で注目されている概念です。ここでは、土壌フローラの概要や役割、有機農業との関係性、土壌フローラを増やす方法と土壌診断などについてご紹介いたします。
土壌フローラの概要
はじめに、土壌フローラの概要をご覧ください。
土壌フローラとは
土壌フローラとは、畑などの土壌内に存在する多種多様な微生物とそれらが活動する状態や様子を指します。一見すると、土壌は茶色い物質が集まった穏やかな環境のように思えますが、実際には微生物や原生(げんせい)生物などによるさまざまな活動が繰り広げられています。
「フローラ(flora)」とは、英語で「植物相(しょくぶつそう)」を意味し、ある地域と年代におけるすべての植物や、植物が密生した状態を表します。似た表現の「腸内フローラ」は、人間の腸の中に存在する微生物とその働きを指します。土壌フローラと土壌の関係と、腸内フローラと人間の関係は非常に似ていると言われています。
土壌の微生物の種類
土壌内には無数の微生物が存在しており、多いものでは1gの土壌に100億以上の微生物が活動しています。土壌内の微生物は、バクテリアと呼ばれる細菌、糸のように細い菌糸(きんし)が集まる糸状(しじょう)菌、放射状に分岐した菌糸をもつ放線(ほうせん)菌、水中などに生育して光合成をする藻類(そうるい)などです。
微生物の大きさは、2~3ミクロン(1ミリメートルの1000分の1)から数ミリメートルまで多岐にわたり、ほとんどが顕微鏡でしか見られません。土壌内の微生物は、植物の根に近づくほど多く存在します。
土壌フローラの役割
土壌内に存在するさまざまな微生物は、ほかの微生物の生育を妨げる物質をつくり出すなどして場所やエサの奪い合いをしています。その一方で、相性がよい微生物とは共存するなど、活発な相互作用によって数を増減しながら土壌全体における微生物の種類と栄養のバランスを調節しています。
また、微生物はアメーバなどの原生動物やミミズなどの生物とも共生し、動植物の死骸を分解して有機物に変える役割もあります。これらの土壌フローラの活発な働きが、森林をはじめとする自然のサイクルを維持しているのです。
土壌フローラと有機農業
土壌フローラと有機農業は、非常に密接な関係があります。
有機農業とは?
そもそも、有機農業とはどのような農業を指すのでしょうか。
国内では、「有機農業の推進に関する法律」(有機農業推進法)において有機農業を「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう」※1と定義しています。
※1 農林水産省「【有機農業関連情報】トップ ~有機農業とは~」
したがって、有機農業とは次の3点を満たした農業が該当します。
- 化学的な肥料・農薬に頼らない
- 遺伝子組換えの技術を用いない
- 環境に負担をかけない方法を導入する
なお、農林水産省は、生産から消費までの一連の流れを環境への配慮と持続可能性の視点から提案する「みどりの食料システム戦略」※2を2021年に策定しました。この提案には、2050年までの目標として、有機農業の面積を農地全体の25%(100万ヘクタール)にまで拡大すること、化学的な農薬の使用を50%低減することなどが掲げられています。
有機農業への効果
土壌フローラが有機農業にもたらす効果は、次の3点です。
① 農薬を使わない栽培
上述したように、土壌フローラでは微生物によるさまざまな活動が営まれています。微生物が活性化している場所では、植物が持つ本来の力が十分に発揮されてすくすくと生長します。さらに、微生物の働きによって病原菌の活動が抑制されるため、化学的な農薬を使用しなくても病気に強い健全な作物が育ちます。
② 適切な土壌の形成
土壌フローラの活動により、枯れた植物や動物の死骸などが分解されて腐植(ふしょく)物質がつくられると、土壌の通気性や排水性、保水性が高まります。さらに、微生物が活性化すると土の小さな塊から成る「団粒(だんりゅう)」構造が生まれ、栽培に適した柔らかい土壌がつくられます。
③ 連作(れんさく)障害を防止
連作障害とは、同じ場所で同じ科の植物を連続して栽培した際に、土壌内の栄養が偏って病気や生育不良などが出やすくなる状況を指します。土壌フローラが機能している場所では、植物の根と病原菌の間で互いに妨害する拮抗(きっこう)作用が生まれ、病原菌の働きが弱まって病気が抑制されます。
連作障害については「連作障害とは?連作障害を防いで野菜を育てる方法や予防策を紹介」の記事で詳しくご紹介しています。
有機栽培と無農薬栽培
ところで、「有機栽培」と「無農薬栽培」の違いはどこにあるのでしょうか。有機栽培とは上述した3つの条件を満たした栽培方法を指し、よく聞かれる「オーガニック栽培」も同様の意味があります。有機栽培で収穫した作物には、農林水産省が定めた「有機JASマーク」が表示されています。
一方で「無農薬栽培」や「減農薬栽培」は定義があいまいで農家によって表現が異なることから、2003年の「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」の改正により使用が禁止されました。現時点で、有機栽培に該当しない農家が無農薬や減農薬で栽培した作物は「特別栽培農作物」のカテゴリーに属し、次のような表記が求められています。
- 化学的な肥料を使用せずに栽培した作物・・・「化学肥料:栽培期間中不使用」
- 節減対象農薬を減らして栽培した作物・・・「節減対象農薬:〇〇地域比△割減」
なお、「節減対象農薬」とは、農林水産省が定めたJAS規格に該当しない農薬を指します。
【参考】
農林水産省「JAS(Japanese Agricultural Standards、日本農林規格)」
農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」
農林水産省「有機農産物の表示概要」
土壌フローラを増やすには
栽培をくり返した場所では、土壌フローラがだんだんと減少する傾向があります。土壌フローラを増加させるには、次の方法がおすすめです。
堆肥・米ぬかの使用
土壌内の微生物は、さまざまな有機物を含む堆肥や米ぬかを食べて増殖します。また、当初から堆肥や米ぬかに存在していた微生物が新たに加わることで、より良好な土壌フローラに発展します。ただし、堆肥や米ぬかを大量に投入すると、カビが生えたり土壌全体のバランスが崩れたりするので、適切な量を散布してください。
輪作(りんさく)の導入
輪作とは、同じ場所で異なる科の作物を順番に入れ替えながら栽培する方法です。輪作を導入すると、それぞれの作物の根に生息する微生物が新たに追加されるため、土壌内の微生物の種類が多様化して土壌フローラが充実します。輪作は連作障害を防ぐ効果がきたいできますが、複数の作物の知識および管理が求められます。
雑草の管理
畑などの圃場(ほじょう)では、雑草の管理が欠かせません。雑草を抜き取れば、必要な栄養分が作物に行き渡るメリットがあります。また、雑草を抜き取らずに土と一緒に耕せば、微生物のエサになって増殖を促進できます。なお、雑草の根にもそれぞれの微生物が生息するため、抜き過ぎると土壌のバランスが崩れることがあります。
土壌フローラと土壌診断
最後に、土壌フローラの状態を把握する土壌診断についてご紹介いたします。
土壌診断とは
土壌診断とは、土壌内の微生物の活動や栄養の状態、つまり土壌フローラを診断する技術を指します。土壌フローラの現況がわかれば、必要な栄養や管理の方向性などの判断が可能です。土壌診断は、有機農業や農薬を減らした農業を営む農家にとって非常に有効な技術であり、作物の安定した生産につながる手段の1つと言えます。
土壌診断の種類は次の3つに大別され、組み合わせた診断もできます。
- 化学的な診断・・・土壌内の酸度(pH)を調べる
- 物理的な診断・・・土壌の通気性・排水性・保水性を調べる
- 生物的な診断・・・土壌内の微生物や病原菌などを調べる
近年では、微生物やDNA、酵素などを利用して対象の物質を検出する「バイオセンサー」を活用した土壌診断が主流です。バイオセンサーは短時間で結果を検出できる点もメリットで、土壌診断だけでなく食品の分析や臨床などの幅広い分野で活用されています。
土壌診断でわかること
土壌診断で把握できる項目は、主に土壌の栄養状態と、病気や害虫に対する抑止力です。土壌内で不足する栄養が判明した場合は、肥料や堆肥といった適切な資材の投入を判断できます。病害虫の抑止力の弱さが判明した場合は、消毒などの必要な作業や資材を判断できます。土壌に問題がない場合は、次のシーズンに向けた継続的な植え付けが可能です。
このように、土壌診断によって土壌フローラの状態をデータで確実に把握することは、効率的で合理的、安定的な作物の生産につながります。さらに、コストの削減や温室効果ガスの抑制といった内容を盛り込んだ、有機農業における圃場の管理マニュアルなどを作成する際にも役立ちます。
土壌フローラで地球に優しい農業を
今回は、土壌フローラの概要や役割、有機農業との関係性、土壌フローラを増やす方法と土壌診断などについてご紹介しました。土壌フローラとは土壌内に存在する多種多様な微生物とそれらが活動する状態や様子を指し、化学的な農薬や肥料に頼らない有機農業と密接な関わりがあります。
近年では、土壌の状態を把握して効率的・安定的な作物の生産に寄与する土壌診断も行われており、地球に優しい農業の発展に対する期待が高まっています。