盆踊りあれこれ

お盆の時期には、神社やお寺、公園や広場などではやぐらが組まれ、提灯飾りが八方にはられている光景を目にします。そして夜になると、どこからともなく太鼓の音や盆踊りの歌、音楽が聞こえてきます。

まさに日本の夏の風物詩です。全国各地にある盆踊りですが、主にはお盆の時期に開催されることから、お盆との関係が深いように考えられていますが、「お盆」と「盆踊り」は歴史的には別々だったものが融合し、いまでは盆踊りとしてお盆の時期に開催されるようになりました。

今回は盆踊りの由来についてご紹介します。

お盆の由来

お盆の正式名称は、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」または「盂蘭盆(うらぼん)」といい、「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」というお経が由来であるとされています。

「うらぼん」は、インドのサンスクリット語で「逆さ吊りの苦しみ」を意味する「ウラバンナ」からきているといわれています。

またペルシャ語で霊魂を意味する「ウラヴァン」が由来という説もあります。

お盆の行事は、仏教の開祖であるお釈迦様の弟子の目連(もくれん)が、地獄に落ちた母親を救うために旧暦7月15日に、多くの供物をささげて高僧の霊を供養したことで母親を地獄から救ったことから、精霊を供養する盂蘭盆会の行事が生まれたといわれています。

この盂蘭盆会が、日本の先祖の霊を供養する信仰と融合し、お墓参りや迎え火、送り火の風習となり日本独自のお盆のかたちがつくられました。

盆踊りのはじまり

盆踊りには、もともとは仏教行事であったという説や原始信仰の儀式であったという説など諸説あります。

盆踊りのはじまりは平安時代にさかのぼります。平安時代中期の僧侶である空也(くうや)は、念仏を広めようとして、念仏をリズミカルに歌うように唱え、さらにその念仏にあわせて踊りも踊るようになりました。この念仏に合わせた踊りが「踊念仏(おどりねんぶつ)」です。

鎌倉時代に入ると、この踊りを一遍上人(いっぺんしょうにん)という僧が全国に広めることとなります。踊り念仏は、念仏を唱える人と踊る人に分かれるようになり、その後「念仏踊り」として広まっていきました。

この念仏踊りが、先祖を供養する盂蘭盆会と結びついたものが「盆踊り」の始まりと言われています。鎌倉時代には、盆踊りは仏教行事としての意味合いよりも、民族芸能として庶民の娯楽的な意味合いが強くなっていきました。

盆踊りとは

8月13日から16日のお盆の期間中、先祖の霊が現世に帰ってきて一緒に過ごすと考えられ、その先祖の霊をお迎えするためにお墓参りをして、迎え火、送り火などのさまざまな供養やおもてなしの行事をするのがお盆の風習です。

盆踊りもお盆期間中の一つの行事として、お盆に帰ってきていたご先祖の霊を、歌と踊りで供養して賑やかにお見送りするという意味があります。

そのため、盆踊りは8月15日の夜から盆の明けの16日の朝まで踊り通すが通例でした。盆踊りのスタイルは、やぐらの周りを太鼓や音楽に合わせて踊りながらまわるスタイルが一般的ですが、列になって練り歩くスタイルの踊りもあります。

盆踊りでは、中央にやぐらが組まれますが、このやぐらにはたくさんの提灯が取り付けられることで、迎え火や送り火に見立てていると言われています。

日本三大盆踊り

日本全国には、大小さまざまな盆踊りがありますが、日本三大盆踊りと呼ばれる盆踊りについてご紹介します。

西馬音内の盆踊り(にしもないのぼんおどり)/秋田県

秋田県羽後町に古くから続く「西馬音内の盆踊り」。盆踊りの特徴は、野性的なお囃子に上方風の優美な踊りです。“亡者踊り”という別名がありますが、これは編み笠や、目の穴を開けたのみで頭からすっぽり被る黒い彦三頭巾(ひこさずきん)で顔を隠すからです。

一方で浴衣は艶やかな衣装を着ます。正応年間(1288~93)に源親という修行僧が、蔵王権現(現在の西馬音内御嶽神社)を勧請し、ここの境内で豊年祈願として踊らせたものという説があります。

これが、慶長6年(1601)西馬音内城主小野寺茂道一族が滅び、土着した遺臣たちが君主を偲び、旧盆の16~20日までの5日間、宝泉寺(西馬音内寺町)境内で行われた亡者踊りと合流しました。そして天明年間(1781~1789)に現在の本町通りに移り、現在まで継承されてきたものと伝えられています。国指定重要無形民俗文化財になっています。

郡上踊り(ぐじょうおどり)/岐阜県

岐阜県に伝わる「郡上踊り」は、中世からの古い踊りの流れをくみつつ、江戸時代頃から盆踊りとして始まったと言われています。
その当時、「盆の4日間は身分の隔てなく無礼講で踊るがよい」と奨励したため、現在でも地元の人はもちろん、観光客も一つの輪になって踊ることができるのが最大の魅力です。

国指定重要無形民俗文化財にもなっています。「郡上のナァ〜」の唄声、三味線、太鼓に笛の音、郡上おどりは東海地方でもっとも有名な盆踊りです。

阿波踊り(あわおどり)/徳島県

踊り子の数や観客数では日本一の盆踊り。400年以上の歴史があるとも言われ、精霊踊りや念仏踊りが原形で、天正14年(1586年)、徳島城建築の際、蜂須賀家政が城下に「城の完成祝いとして、好きに踊れ」とお触れを出したのが始まりとも言われています。

徳島の商人たちにより、文化文政年間(1804年〜1830年)に盛んに踊られるようになりました。

三味線、太鼓、鉦鼓、篠笛などの2拍子の伴奏にのって連(れん)と呼ばれる踊り手の集団が「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆(あほう)に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らなそんそん」と威勢のいい声を発しながら練り歩きます。

お盆の行事として夏の風物詩となっている盆踊りですが、その由来には長い歴史がありました。本来は仏教行事としてはじまった盆踊りですが、最近では地域交流や老若男女が集まって踊りを楽しむ娯楽性が強まっている傾向のようです。

日本の浴衣文化と相まって、踊りを楽しむことで先祖の供養になるのでしたら、地域や地元の盆踊りに参加してみるのも良いでしょう。

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